内科救急指定病院 医療法人 足利中央病院 栃木県足利市

トピックス

未来の医療技術

No.10 2005年 8月

日本経済新聞社では毎年「健康と医療フォーラム」を主催しています。今年は7月25日に日経ホールにて、開催され、「人はなぜ年をとるのか-加齢医療最前線-」と題して日野原重明氏(聖路加国際病院名誉院長)の基調講演とパネルセッションがありました。筆者は医学者ではありませんが、2004年のフォーラムに参加し、また別の機会に日野原氏の講演を拝聴したことがあり、医療の進歩と老齢の二面から医療の世界を眺めています。
昨年は「ここまで来た未来の医療技術」と題するシンポジウムが開催されました。その後の文献調査から得た情報もあるので、ここにまとめてみました。

再生医療

事故や病気で不具合になった体の一部を自己再生させる医療が実用領域に育ってきました。ヒトは本来自分の体の部分を再生して治す機能を持っています。肝臓は7割切除されても元に戻ります。細胞や臓器の増殖因子を発見・開発して体内に注入して再生を促進させる治療が進歩しています。
イモリの手足再生やトカゲのしっぽの再生はよく知られています。人間の場合でも幹細胞移植により神経や骨などの人体組織を再生させることができます。骨髄から取り出した幹細胞で顎の骨を再生する培養骨技術により人工歯根を作れます。
造血幹細胞移植は白血病に有効とされ、実績は多数あります。神経、血管の再生や心筋の再生は心筋梗塞や脊髄の損傷の回復に明るい期待を持たせてくれます。皮膚の再生も有望な再生医療の一つで実施例は多く、効果も確認されています。

先進医工学

マイクロ・エレクトロニクスあるいはメディカル・エレクトロニクスとも言われてきました。心臓を完全に人工心臓に置き換えるという実施例も二桁台にのぼっています。再生医療の領域とエレクトロニクス機器への置換は症状のすすみ具合とのかねあいで微妙な判断をしなければなりませんが、症状が悪化してしまっている場合は機械に代行させてしまったほうがよいということもあります。
臓器の置き換え以前に、検査のためのエレクトロニクスは長足の進歩をしており、いまやビデオカメラを飲み込んで小腸を含む消化管を撮影することができるようになりました。
レントゲンに源を発する撮像技術も進歩して精細な立体画像を得られるようになりましたし、放射線や重量子線などの患部照射治療も格段の進歩をしつつあります。
手術や検査のときに医師を助ける医療器具も著しい進歩をしています。医療分野に先端医療器具の使用法に習熟しなければならないという「テクニシャン」の側面が出てきました。

遺伝子治療

いままでは個々の遺伝子の研究がなされてきましたが(ヒトゲノムの解読)、現在は情報技術(IT)とバイオテクノロジーが融合するバイオインフォマティクス(生命情報工学)により総合的な遺伝子の働きの研究へ移りつつあります。がんの発生に関係する遺伝子とがん抑制遺伝子の研究が進んでいます。遺伝子にはわずかな個人差があり、体質や薬の効き方と副作用に大きくかかわっています。同じ病名でも発病に至る径路は人によって異なります。そこで遺伝子の特徴と治療薬の効果との相関を調べることによりより効果的な抗がん剤を使う(一例:分子標的治療)という判断が可能になります。その人に最も適した医療を行うというオーダーメード(テーラーメード)医療が実現しつつあります。
ある家系に発生しやすい病気を予測することができるようになり、予防措置をとることにより、発症を防ぐということが可能です。昔から受診時に医師から両親、祖父母、兄弟の病気について尋ねられたことがあると思います。簡単な質問ですが、遺伝子の観点から見ても重要な情報です。自分の遺伝子を検査することによって自分のある病気に対する発病リスクを知ることができます。

加齢と先進医療

遺伝子治療はその70%ががんの治療向けですが、遺伝病に対する治療が13%、エイズのような疾患の治療が10%にのぼっています。加齢にともなう成人病の治療に再生治療が大いに役立つでしょう。現在は65歳以上の13人に一人が認知症であり、2025年には65歳以上の6人に一人が認知症になると推定されています。脳血管性のものであれば、血管再生により救済できる可能性があります。脳内や心臓の血管の状態を手に取るように見えるようになって治療の手法と効果が飛躍的に向上しました。アルツハイマーの発症リスクは遺伝子検査で知ることができます。
加齢とともに高まるがんのリスクは腫瘍マーカーの研究が進んで、画像診断の進歩と相まって、がんの初期発見、治療、治癒の可能性が高まりました。
健康に老いることは日野原さんがよい見本ですが、成人病を予防する生活習慣、先進医療による発症初期の段階での再生医療など高齢化社会の社会負担を軽減できる可能性が高まりつつあります。

先進技術の光と陰

ゲノム情報の解析は企業の特許活動を活発にさせ、一つの産業分野に成長しました。人類全体の福祉と企業の利益とのバランスがひずんできました。レトロウィルスに感染(たとえばエイズ)しても発病しない部族の遺伝子を本人の承諾無しに研究して特許をとろうとする事件がありました。このような発見は人類全体に役立てるべきでしょう。この事件は「太陽そのものが特許になりうるか」という例えで、米国で問題になり、特許申請は撤回されました。
個人に関する情報があふれています。その中には遺伝子に関する情報、既往症、血液、家族構成と病歴、薬の服用歴など医療に役立つ多くの情報が含まれるでしょう。医療のためのこれら情報の有効な利用は望ましいのですが、情報の漏えい、行政による必要以上の情報管理、保険加入の審査などの差別に流用など、多くのリスクがあります。関係者による本人のための有効利用と悪用は表裏一体、大変危うい状態にあります。
MRIやPET、さらには重粒子線照射など検査や治療に大型で高価な設備が導入されており、設備利用の地域差が発生しています。どこに住んでいるかということや個人の経済力によって受けるべき検査や治療を受けられないということが起きています。地域での大型設備の共用、行政区域をまたぐ連携が必要です。非常に高度な医療レベルに対応する病院や医師が偏在している傾向もあり、ITを利用して全国民に普遍的な医療サービスの提供をすることが待たれます。医療のユニバーサル・サービスあるいはユビキタスが求められています。

→ バックナンバー