内科救急指定病院 医療法人 足利中央病院 栃木県足利市

トピックス

肝腎要(かんじんかなめ) -糖尿病にならないために-

No.14 2007年 8月

かんじんかなめ(肝心または肝腎 要)という言葉は9世紀に登場します。そのころから肝臓、腎臓あるいは心臓はもっとも大切な臓器と認識されていたらしいです。人間のどの臓器も軽重は問うべくもありませんが、比較的静かな(サイレント)な臓器として腎臓とすい臓があります。この腎臓については深刻な疾病危機が私達の身近に迫っています。

糖尿病の肝腎要(かなめ)とは耐糖能異常(後述)を防ぐ生活習慣と早期発見(即ち、症状が現れる前に定期健診を受ける)です。なぜなら、初期の糖尿病では全く症状がないので、知らないうちに、厄介な合併症等が進行するからです。

肝臓は糖分、脂肪、蛋白など、血液で運ばれてきた養分の処理工場なので、肝臓の病気〔肝炎、アルコール肝炎、最近話題のNASH(非アルコール脂肪肝炎)〕および糖尿病〔二次性、その他の原因の糖尿病〕になることを予防することは日常生活の中でもっとも肝腎なことです。

また、合併症として糖尿病やさまざまの病気の合併症としての腎不全がありますが、人工透析を受ける人の第一位は、糖尿病による腎臓障害(糖尿病性腎症)です。

糖尿病

すい臓から分泌されるインスリンは食事をすることによって増えた血中のブドウ糖を栄養分として各臓器の細胞に届ける役割を担っています。インスリンが分泌されて細胞が糖を消費すれば、血糖は低下します。糖尿病とは(1)インスリンの分泌不全または(2)分泌されていても細胞との親和性が悪く栄養分を細胞に届けられない状態、すなわちインスリン抵抗性による高血糖の状態です。非常に大まかですが、これら二つに分類できます。

糖負荷後の血糖量の変化により、後述のように糖尿病とその予備軍である境界型に分けられます。糖尿病と境界型を総合して耐糖機能異常といいます。

血液中の糖の量が問題なのに、「糖尿」というのは血液中の糖が尿にもれ出る可能性が高いからです。尿に糖が出ているから糖尿病とは限りません。また、尿に糖がでないから、糖尿病ではないとは言い切れません。可能性の問題です。

糖尿病の三大合併症は腎症、網膜症、神経症です。血液が高血糖であることは血管を損ない、三大合併症だけでなく、動脈硬化性疾患や悪性腫瘍などの重大な疾病の要因となることが判ってきました。以下に述べる糖尿病への道筋は人工透析に至る末期腎不全へ通じるものなので、耐糖能を管理して、糖尿病に至る可能性を低める努力が必須です。人工透析に至らないように生活改善をすることは可能です。

日経メディカルの関係紙によると、九州大学病院による福岡県久山町における長期におよぶ大規模疫学研究によると1961年から2002年にかけて40歳以上の住民の耐糖機能異常が男性は11%→56%へ、女性が5%→36%へと増加していることが分かりました。これほど多くの住民が糖尿病あるいはその境界にいる(糖尿病予備軍)ことは驚異的で、厳重な予防対策と治療が必要なことがわかりました。このことは、その後の厚生労働省の疫学調査でも同様な傾向が見つかりました。

このような傾向はライフスタイルの欧米化による高栄養価の食物摂取および運動不足が原因と考えられます。

耐糖能異常:糖認容力異常ともいい、食物摂取により上昇した血液中の糖の量を正常に戻す能力が不十分になることです。普通は75g糖負荷試験(経口ブドウ糖負荷試験Oral glucose tolerance test、 OGTT)により判定します。負荷2時間後の血糖値が140mg/dl(空腹時は110mg/dl)未満は正常、140-199mg/dlが境界型、200mg/dl以上(空腹時血糖値が126mg/dl以上)を糖尿病と定義します。

疫学:病気の系統、状態などを研究・調査して診断や予防に役立たせる医学で、偏らない地域性、できるだけ多くの人々を包括することが望まれます。長期間同じ調査を継続することにより時間的な傾向を知ることができます。 地域を絞って、かつ複数地域で調査すると、病気の地域性を知ることができます。人々の移動性がすくない地域を調査して地域の遺伝性疾病を解析した疫学もあります。たとえばガンにかかりやすい家系を遺伝的に見つけるということができます。年齢層を広げて疾病と加齢の状況をしることができます。 福岡県久山町では人口が安定していて、移動性が低く疫学研究を40年にもわたって継続できました。

NASH:非アルコール脂肪肝炎(non-alcoholic steatohepatitis)は飲酒嗜好のない人が脂肪肝の状態から肝硬変や肝がんに進行してしまうことで、いままで糖尿病合併症の一つと考えられていたこの肝機能障害を独立した一疾患と位置づけました。飲酒しなくても、過食や運動不足から中性脂肪が細胞に蓄積し、ストレスや糖代謝の劣化がNASHの原因として考えられるようになりました。

耐糖能異常は上昇した血糖値を正常値に下げられない、いわゆる糖尿病およびその予備軍の状態ですが、脳梗塞と虚血性心疾患の危険因子として高血圧に代わって浮上してきました。高血圧は測定が容易で人々の認識力が高く、なおかつ降圧療法が普及しているために動脈硬化性疾患の危険因子の順位が下がりました。

動脈硬化性疾患の抑圧と糖尿病治療の進歩により、いままでマスクされていた悪性腫瘍との相関が浮かび上がってきました。高度の血糖濃度はDNAに損傷を与えやすいのではないか、悪性腫瘍細胞の成長促進への栄養供給源になっているのではないかと考えられます。

耐糖能異常を防ぐ、早期発見する

糖尿病は早期には自覚症状が無く、症状の現われであるむくみ(腎機能障害)や極度のだるさ、のどの渇きと多尿(水を飲むので、結果的に)が所見されたときには、すでに戻れない耐糖機能異常になっている可能性があります。 糖尿病は①遺伝素因と②発症因子(運動不足、過食・美食、肥満、ストレス、 不規則な生活)の両方または片方の因子の人が発症しやすいことが分かっています。完全に自己管理できるのが②の発症因子のコントロールです。 医師は必ず直系の親、祖父母、おじ・おばなどの病歴を尋ねますが、遺伝的な因子は糖尿病だけではなく、多くあります。予め遺伝的な素因について知ることは早期発見のために重要です。

糖尿病の検査

糖尿病の検査には、内科の一般的検査のほかに、以下の1と2があります。

  1. 糖尿病の診断と糖尿病のコントロール状態の検査
    まず、最初は血糖尿検査です。 必要に応じて、経口ブドウ糖負荷試験をします。糖尿病の診断とインスリン分泌能について調べます。耐糖能異常の項目で数値の説明をしました。 血糖コントロールの基準として【HbA1c、 ヘモグロビンエーワンシー:ブドウ糖と結びついた血色素】の検査もします。この検査は食前・食後に関係なく、検査前約一ヶ月間の平均血糖値を反映します。正常値は4.4-5.8%です。6.5%以下を目標に治療します。
  2. 合併症の有無の検査
    腎臓、神経、眼底検査、動脈硬化(頚動脈エコー)の検査などがあります。 腎臓については、尿の検査でわかります。尿中の微量アルブミンという検査をすることで、現在の腎臓の合併症の有無、合併症があっても早期のもので、 治療によって回復可能であるかどうかが分かります。 眼底とは、カメラでいうとフイルムに相当する部分です。眼底検査では、眼底出血の有無についてスクリーニングします。当院では、注射も点眼もしないで、眼底写真を撮ります。予約は要りません。異常のあるとき、または、瞳孔拡大不良、判定不能のときは御希望の眼科に紹介します。 頚動脈エコーは、頚動脈に超音波あてて、動脈硬化の有無を検討します。注射等しません。当院でも週一回予約制でできます。超音波エコー検査は妊婦さんにも用いられるほどの安全な検査です。

継続的な治療の指標としてはブドウ糖と結びついた血色素(ヘモグロビン)【HbA1c、 グリコヘモグロビン】の検査をします。この検査は約一ヶ月の平均血糖値を反映するため、食前、食後でも検査できます。正常値は4.4-5.8%です。 6.5%以下を目標に治療します。

治療方針

上記の血糖コントロール基準等、糖尿病学会のガイドラインに従いますが、あくまで治療の主体は、「本人」自らと考えます。検査結果だけを重視するのではなく、(1)無理の無い、好き嫌いを考慮した食事療法、(2)年齢を考慮した生活習慣の指導等も検討します。

  1. カロリーチェックと食事指導
    ここでは一般的な食事内容のチェックと指導のほかに、いわゆるPEM(蛋白・エネルギー低栄養)を防ぐ検討もします。よく噛めるかどうかも大切です。
  2. 生活習慣のチェックについて
    日常的なライフスタイルとして以下のことが一般的に勧められています。これらは糖尿病治療以前に、耐糖能異常に陥らないためにも必要です。

    (1)ダイエット、摂取カロリーを抑えることだけではなく、バランスを考えPEMにならないようにすることも大切です。
    また、よく言われるように、規則正しい食事時刻、間食を控える、時間をかけてゆっくり、みんなで楽しい食事をするなど食事に関する雰囲気も大切です。 糖尿病では、医師の指導の下にカロリー管理をしなければなりません。しかし、当院では実行不可能の机上の食事制限を指導することはありません。実現可能であるということが大切と考えます。 個人差もあります。すごく頑張れる人もそうでない人も現実には居るのです。大学病院の診察では食事を守れないからと、医師から叱られた経験をお持ちの方も多いでしょう。無理をすると結果は、やけ食いとなるのです。 同じ身長、体重でも、年齢の検討が必要です。20歳と65歳では食事指導の量と内容が違うことに説明の要はないでしょう。同じ年齢でも、食欲、胃など消化器の病気の有無、仕事などによる運動量も違います。

    (2)摂取カロリーの消費:安静時・運動時。
    これまた、個人差が大きいのです。日常生活での体の動かし方、運動に対する意欲も、さらには、安静時エネルギー消費量も個人差が激しいのです。 一般的には、ウォーキングなど、血液循環がよくなり、継続的にできる運動が望ましいのです。1時間程度のウォーキングを毎日つづけることです。摂取カロリーを使うこととインスリン感受性を高める効果も期待されます。 あまりに激しい運動はストレスホルモン等により、血圧、血糖値を上げることになるので、避けましょう。適度運動の強さは、最大酸素摂取量の50%ぐらいが適当かと考えられています。運動時の脈の速さでわかります。これも個人差があるので、個別に指導が必要です。 最近、発表された厚生労働省の報告では、いわゆるメタボリックシンドロームの疑いのあると推計される人は、40歳から74歳の男性では2人に1人、女性5人に1人でした。

次回のトピックスでは体脂肪について記します。いわゆるメタボリックシンドロームについてです。

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